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デッスンの個人日記

デッスンの個人日記

第一章 再開

第一章 再開

 彼女は目を覚ました。
 右手から差し込む日差しが朝だと気づかせる。
 まだ眠いせいか、意識が追いついてこない。
 ふと昨晩のことを思い出そうとすると、瞬間的にすべてが蘇る。
 ラスタバドから抜け出し、森を走りケントを目指した。途中ラスタバドの奴らに見つかり、必死に逃げたこと。橋のところでダークエルフウィザードと戦い負けたこと。
 すべてを思い出すと同時に目が覚めた。
 仰向けで寝ている体を跳ね起し、辺りを見てみる。
 そこは白と明るい赤で綺麗に飾られた部屋であった。前方左手には扉があり、逆の右手側には日差しを取り込んでいる大きな窓。正面には大きめのタンスにすぐ横には等身ほどある大きな鏡。
 ……どうやらラスタバドの部屋じゃないみたいだけど。
 突然腹部に痛みが走った。
「―――っ」
 ぐ、とも、く、とも聞き取れない声を出しベットに倒れこんだ。白く、クッション性の高いベットが彼女をやさしく包み込む。
 倒れこみ少し立つと扉が開いた。
「あら、起きられましたか?」
 ドアの開く音と共に聞こえたのは女性の声だった。
 声の主は優しく微笑み一礼してからこちらに近づいた。
 寝たままだと失礼だと思い、体を起こそうとするが、腹部の痛みが大きい、
「まだ、起きあがらない方がいいですよ」
 寝ている女性の起き上がろうとするのを制した。
 声と共に近づく彼女が視界に入った。
 彼女の髪は、腰辺りまで伸びる。長めだが、しっかりと手入れされていて、黒く輝いて見える。
 顔立ちも髪に合い、綺麗にまとめられていると言った感じ。
 服装は全身を白で覆うローブだ。見た目は一般的なウィザードが着る、ウィザードの服に似ているが、白色の物があるとは聞いた事が無かった。
 ……今の流行なのかな?
彼女の手には桶があった。その淵からは、白いタオルが見える。
 女性はベットの横に置いてある小さな机に桶を起き、さらに一礼をして、
「始めまして、わたくしはこの城のメイドを兼ねておりますマリアと申します」
 顔を上げたマリアの顔は微笑んでいた。その顔を見ているだけで心が落ち着いてくる。
「わ、わたしはカナリアといいます。こんな格好で申し訳ありません」
 マリアは、いえ、っと一声起き微笑を崩さない。そして、タオルを絞りカナリアの額に浮いた汗をふき取っていく。
 マリアは布団を直すと脇に置いてあった椅子に腰掛けた。
 しばしの沈黙が流れる。
「――何も聞かないの?」
 カナリアが口を開いた。
 ……なぜ彼女は何も聞かないのか。
 そんな疑問が頭を駆け巡る。
「それを問う事は、わたくしの仕事ではありません。今はあなたの治療が、わたくしの役目ですので」
 彼女は微笑みながら問いに答えた。さらに一息入れ、
「今は、ゆっくりとお休みください。問いかけはその後でも」
 彼女の名が聖母マリアと酷似しているなと思い安らいだ。
 そんな時、突然勢い良く扉が開いた。
「おお!目が覚めたか!いやーよかったよかった!ははははは!」
 やたらうるさく、体格のいい男が入ってきた。体つきからするとナイトのようだ。
「こら、シグザさん。病人の前ですよ。そもそも、女性の部屋にノックもしないで入ってくるとは何事ですか」
 マリアが微笑を崩し、シグザという男を睨み付けていた。
「う……これは申し訳無い」
 男も反省しているようだ。
「解ればよろしいのです」
 マリアがまた微笑みを作った。
「シグザさん、この事をみなさんに知らせてきてください。あと王子を呼んで頂けますか?」
「あいよ」
 シグザという男は、ガッツポーズを作り、急いで部屋を飛び出し大声で、
「おーい!みんな~!彼女が起きたぞ~~!」
 男の声がだんだんと小さくなっていく。
「ごめんなさいね。うるさくて」
 マリアが苦笑いでこちらに振り向いた。
 カナリアも苦笑いで応じた。
 そんなとき一つの疑問を感じた。
 ……腹部の痛みが無い。
 なぜだろうと思い辺りを見まわしてみると、一つの事に気づいた。
「ライフストーム?」
 部屋の中央のカーペット辺りから青白い光が見える。まるで生命の息吹が吹き出るように。
 この魔法はウィザード上級魔法の一種で、効果は範囲内に居る人に生命の息吹を掛け、自然治癒力を高めてくれる魔法である。
「先ほど、部屋に入るときに掛けておきました」
 マリアは相変わらず笑顔で答えた。
「掛けておきましたって……まぁその事は後で聞くとします。ありがとう。大分良くなったよ」
 カナリアはマリアの笑顔に笑顔で返した。
 そんな時、扉から今度はノックの音が聞こえた。
「どうぞー」
 マリアが優しくノックに応じた。扉が優しく開き、さっきのナイトとは別の顔が見えた。
「どうだい?体の調子は」
 入ってきたのは青年で、顔立ちも良く赤い髪が特徴的だ。白い服は気品さを感じ、背には大きなマントを付けていた。
「ディル王子お待ちしてました」
 マリアが反射的に椅子から立ち上がり一礼した。
「だからマリア、いつもそんなに礼儀正さなくても良いと言っているだろ」
「ですが、ディル王子。あなたはこの国の王になる方なのですから、そのような事では困りますよ」
 まぁまぁ、と王子がなだめている。様子からするといつもこのような感じなのだろう。と、カナリアは思う。
「して、君の事を教えてくれないか?」
 王子がこちらを見て問い掛けてきた。カナリアは体を起こす。マリアの手が体を支えてくれる。腹部の痛みは差ほどではなかった。
 はい、と一息入れ、
「わたしの名前はカナリアといいます。昨晩はラスタバド軍に追われている所を、助けていただき、ありがとうございます。腹部の傷もすっかり良くなりました」
 一礼を入れ言い終わると、
「そうか、それは良かった」
 ディル王子は笑顔で応じた。そんなとき、
『ぐ~…』
「―――っ!!」
 突然お腹の虫が鳴った。
 鳴ったお腹の主はカナリアだ。
 彼女の顔は赤面し布団に顔を埋めた。
「す、すみません…」
「ははは、それではまず、朝食にしよう。話はその後でいいかな?それではまたあとで」
 マントを翻し、部屋を出て行く。扉の閉まる音を聞き、カナリアは埋めてた顔を上げ、マリアを見た。
「恥ずかしいところ見せちゃった……」
 カナリアの顔はまだ赤面したままだ。
「大丈夫ですよ。人なら誰でも同じ事しますから」
「何が大丈夫なのかわかりませんよ。マリアさん」
 二人から笑い声が出る。
 さて、と一息入れ、
「朝食持ってきましょうか?」
「動けるから食堂で食べます」
 カナリアはそう言ってベットから起きた。
「解りました。ではこちらへどうぞ」
 マリアに案内され、部屋から出ようとしたとき、
「ちょっと待ってください」
 マリアに呼び止められてカナリアが振り向くと、彼女はカナリアを上から下までを見て、
「その格好で城内を歩くとおかしいわね」
 カナリアは自分の姿を見てはっと気づいた。
 昨晩の姿ではなく、今は寝巻き姿だ。寝ている間に着替えさせてもらった様だ。
「あの~わたしの服は?」
「それでしたら、先ほど洗濯して今乾かしています。お昼頃には乾くと思いますが……」
「う~ん……」
 ……こんな服装で食堂に行ってはみっともないし、恥ずかしいし。だからと言って他の服持ってないしな~。
 カナリアが考え込んでいると、
「そうだ。少しお待ちください」
「?」
 マリアは部屋にあるタンスを開け中を物色している。そして一枚の布を取り出し、カナリアに差し出した。
「これをどうぞ」
 渡されたのは白地のコットンで出来たローブ。コットンローブだ。それを着ると魔法に対する防御力が上がるが、普段着としても違和感の無い服だ。
 他に着るものが無いカナリアはコットンローブを受け取った。
 寝間着を脱いでみると肌寒い感じがした。
 早く着ないと と思い、ローブに袖を通した。
「……カナリアさん」
 ふと呼びかける声がして振り向くとマリアがこちらをじっと見ていた。
「どうしたの?マリアさん」
 呼び声に答えるとマリアがハッと気づいた様に、
「い、いえ……なんでもありません」
 両手を左右に振りながらアピールするが、どう見ても表情が青ざめている。
「あ……」
 カナリアは彼女が青ざめている理由に気づいた。
「……これね……ちょっと昔いろいろあって……」
 カナリアはそう言って、ローブを着こんだ。上から下までの、一繋ぎのローブを着るのは始めてであって、少し戸惑ったが、マリアに手伝ってもらい着る事が出来た。サイズも申し分無い。
「とても良くお似合いですよ」
「そうかな~なんかちょっと恥ずかしいけど……」
 カナリアは部屋の大きな鏡の前に立ち、服の左右を確認したり、後ろを見たりと、回っている。
 マリアは笑顔でこちらを見ているが、その表情が先ほどよりほんの少し暗い感じがした。
「まぁ仕方ないか」
 2人は部屋を出た。


「うわ~大きいな~」
 廊下に出たカナリアは驚きの声を上げた。
 天井には等間隔に小さいながらも立派なシャンデリア、床には赤いジュウタンが走っており、見える範囲からでも、扉が十四はある。
「ふふ、カナリアさんこちらですよ」
 マリアが先に歩くのをカナリアは周りをキョロキョロ見ながら着いて行く。
 廊下の角を曲がると城正面のガーディアンタワーと兵士の訓練設備が見える。見える角度からすると、ここが二階辺りだと解る。
 窓を横目で見てマリアを追いかけていると、
『セイ!……ハッ!』
 外から威勢の声が聞こえる。
 カナリアは視線をずらし、見てみると、兵士の宿舎と思われる家の前で何人かの男たちが声を出していた。
 見える皆が木刀を持ち、汗を流しながら素振りをしている。
 数は二十近くは居るだろう。先頭に先ほど合ったシグザの姿がある。
「シグザさんはこの城の兵士長を務めてます。剣の腕前もさる事ながら、皆からの人望も厚いお方です」
「あまりその様には見えなかったな」
「あらあら、第一印象が悪すぎちゃいましたね」
 彼女が笑っていると、シグザがこちらに気づいた。周りの兵士もこちらに気づき、手を振っている。だが、誰もが手を振る方向は、カナリアではなく、マリアの方だ。
 マリアもこの期待に答え、手を振り返すと、
『お前ら~~!気を抜くな~~!素振り二百回追加だ~~!!』
『『押忍っ!!』』
またも、外から威勢の良い声が響き渡る。
 ……マリアさんってやっぱ皆のアイドルなんだ。
「では、行きましょうか」
 先に歩き出したマリアを、カナリアはゆっくりと歩き出した。


 食堂に着いたカナリアは、まず驚いたのは広さだった。五十人ぐらいは座れる椅子の数と、広さがある。
 マリアが言うにはこの広さでも、この城で働いている人の半分しな無いらしい。
 広すぎてどこに座れば良いのか迷っていると、
「カナリアさんこちらですよ」
 マリアにそう言われ着いて行くと、広い食堂に一箇所特別な場所があった。綺麗に装飾されたその机と椅子は、人目でこの城の王や各隊の長が座る席なのだと解る。すでに何人か座り、食事を待ちながら話をしていた。
「カナリアさんはここで良いかしらね」
 進められた席は、その特別なテーブルだった。
「このようなところに座るんですか!?」
 カナリアは周りに迷惑にならない様に小声で叫んだ。
「大丈夫よ。あなたは皆に話すことがあるのでしょ?」
 そう言って、カナリアの椅子を引いた。
 しぶしぶ椅子に腰掛けると、マリアは左の席に着いた。
 周りを見ると椅子は十個用意されている。そのうちの八つの席は埋まっている。
 カナリアは落ち着かない様子で辺りを見渡している。すると、
「みんな早いなぁ」
声と共に振りかえると、そこにはディル王子が立っていた。
 様子は先ほど会った時と変わらず、赤い髪に大きなマントを見に着けている。
「王子が遅いだけですよ」
 席に着いていた者の一人が言うと、
「そうか?ん~そうかもな」
そう言って笑いながら歩いてくる。カナリアの後ろを通ろうとしたときに足を止め、
「カナリアさん。動いて大丈夫?」
両肩に手を置き、顔を覗かせ尋ねてきた。
「はい。大丈夫です」
「そう。それは良かった」
 王子は肩から手を離し、自分の席に着いた。
 しばらくすると今度は、
「いや~腹減った腹減った!」
静かだった食堂に甲高い声と共に二十人近くの人が入ってきた。
 先頭を歩くのはシグザだ。どうやら早朝トレーニングを終わらせて、食堂に来た様だ。
「シグザ。ちゃんとシャワー浴びてきたんでしょうね?」
 シグザに声を掛けたのはカナリアから向かいの席、さらに左に三つ行った所に座る女性だ。彼女は黒髪を後ろで留めたポニーテイルが特徴的で、服装は小さめのTシャツなのか、胸辺りが這っている。
 彼女は椅子に座ったまま振り向き、シグザを見ている。
「ちゃんと浴びてきたよ。安心しなサクラ」
 サクラと呼ばれた女性は、そう、といって顔をもどした。
「お、お嬢ちゃんもう動いて平気かい?」
 シグザがカナリアに声を掛けてきた。お嬢ちゃんという言葉に少し戸惑いながらも、
「え、ええ。その……お嬢ちゃんはちょっと……」
「そうかい?まだ名前教えてもらってないしな~」
そう言ってシグザは、はっはっはっは、と笑っている。
「はいはい。馬鹿笑いはその辺にしときなさい」
 いつの間にか席を立っていたサクラに襟首を捕まれ自分の席に戻っていく。
「王子。話は後で聞くんだろ?」
サクラが問うと、
「あぁ。食事の後に伺うつもりだが、よろしいかな?カナリアさん」
「は、はい」
そうかい、と言ってサクラは座り、シグザはサクラの隣の席に着いた。
「まだ着てないのは……フィールだけかよ。まったく、遅いな~」
 シグザは腕を組みながら朝食を待っている。
「え?フィール?」
 カナリアには、その名に聞き覚えがあった。
「どうかしたの?」
 唖然としている表情のカナリアを気遣ってマリアが尋ねてきた。
「え、ううん。何でも無いの」
 カナリアは手を左右に振った。
 ……もしかして、フィールって……まさかね……。
 カナリアはうつむき必死に否定しようとしていた。そんなとき、
「すまない。遅くなった」
少し暗めだが、はっきりとした声が響いた。
 カナリアは突発的に動いた。声の主に覚えがあったのだ。
 椅子から立ちあがり振り向くとそこには声の主であり、見覚えのある姿があった。
 正面に立つのは男性。白い髪に茶色い肌。尖った耳。どれもダークエルフの特徴だ。
「……フィール?」
 カナリアが震える声で呟いた。その声に反応したかのように、目の前の青年は目を見開いた。 
「……もしかして……カナリアか?」
 その言葉にカナリアは確証を得た。世界には数多くのダークエルフが住んでいるが、カナリアは余り有名ではないため、その名は親族や、友人にしか知れ渡っていない。
 カナリアはあまりの嬉しさに泣き、フィールに抱きついた。


「あ~食った食った!」
 口に爪楊枝を銜え、満腹なった腹を抱えシグザが笑っている。
 皆が食事を終え、今テーブルの上にあるのは、人数分のガラスのコップに水が入ってる。
「それにしても、カナリアがフィールに泣きついた時には驚いたぜ」
 シグザがフィールとカナリアの顔を交互に見ながら笑顔で言う。
「あぁ俺も正直驚いた」
 フィールも同様に頷く。
「だ…だって、まさかあなたに会えるとは思って無かったですもの」
 カナリアは恥ずかしそうに俯き答える。
「しかしだ、カナリア。何も泣いて抱きつく事ではないだろ」
「だって~……」
 う~、と唸り声を上げてカナリアは頭を抱えた。さすがに今考えると恥ずかし過ぎる行動だ。
「そういえばカナリアいい情報を教えようか」
 シグザが爪楊枝の先をカナリアに向けた。
「あ!シグザ!喋るな!」
 机から身を乗り出しフィールが叫ぶ。
「うるせ~!お前は黙ってろ!」
 机越しでは何もできない。フィールは椅子に深く腰掛け、背もたれに体を預けた。
「昨晩お前を助けたのは・・・・・・フィール本人だ」
「え?」
 カナリアは驚いて席を立つち、フィールを見た。座ったままだと、間にマリアとカオスという第三攻撃部隊長のナイトが座っているからだ。
 フィールを見ると彼は少し頬を染めて目を閉じている。
「いやぁ昨晩は驚いた。いきなり城を飛び出して、戻ったと思えば腕にカナリアを抱いてたからな」
 シグザは大声で笑っている。
「そぅ・・・・・・ありがとね。フィール」
「あぁ」
 素っ気無い返事だが、精一杯の返事だろう。
 カナリアはそれでも嬉しかった。
 昔の仲間に会えたし、さらに昨晩付けてくれたのが、フィールだったのだ。
 これほど嬉しいことは無かった。
「お!フィール~恥ずかしがってんのか?」
「シグザ!茶化すな!!」
 ははは、とシグザが馬鹿笑いをしていると、甲高い音が響いた。
 音の鳴り先を見ると、ディル王子が手を叩き、注目を集めていた。
「はいはい、その話は後でじっっくりと、聞く事として――」
『聞かなくていいですよ!!』
 フィールとカナリアの声が重なり叫んだ。
「そうか?それは残念だ」
 ディル王子は残念そうに肩を落とす。
「それよりも王子。はやく本題に移ってください」
 シグザの向かい側に座るエルフが言った。
 食事をしながらマリアから聞いた話では、彼はこの国の作戦指示担当で、名前はガイム。フィールの奥に座っているため、ここからでは、あまりよく姿を確認できない。しかし、今はそのようなことはどうでも良かった。
「そうだな。まずは……」
 王子はテーブルに肘を置き、顔の前で指を絡め考え込みんだ。
 周囲が静かになっていく。
 その静けさを立ちきるかのように、王子の口が開いた。
「単刀直入に言おう……ウィンダウッド城が落ちた」
『!?』
 皆が一斉に驚いた。いつも冷静沈着なガイムでさえ驚きの表情を隠せない。
 シグザが椅子から立ちあがりながら叫ぶ。
「どこがあの難攻不落と言われるウィンダウッド城を落とした!!」
 勢い良く立ちあがったせいで椅子が後ろに倒れて、硬い音が響く。
 ディルはすこし間を置き、カナリアに視線を移し、
「……カナリアさんは知っているな?」
 はい、とカナリアは頷きながら答え、
「ラスタバド軍です」
『!!』
 倒れたシグザの椅子を起こそうと、手を伸ばしていたサクラの手から椅子が離れ、再び硬い音を響かせた。
「……やはりそうか」
ディル王子は顔を俯かせた。
「しかし何でだ!奴らは一体どこから現れるんだよ!」
 立ち続けているシグザが声をあげて叫ぶ。
 シグザの声に顔を上げた王子は一度シグザに視線を向け、再びカナリアを見た。
「それは彼女に聞いた方が鮮明だ」
 皆がカナリアを見る。彼女は椅子に深く座り、両手をひざの上に置き俯いている。
「教えてもらえないか?」
 ディル王子が問いかけた。
 はい、とカナリアが答え顔を上げた。
「そのために私は来たのですから……」
 辺りに沈黙が下りる。椅子を起こしてサクラが顔を出し、その手でシグザの肩を下ろした。シグザもそれに従い、椅子に腰を下ろし真剣な表情をこちらに向ける。
「ラスタバド軍の本拠地は地下にあります。ただ、それがどこにあるのかは、正確には解りません。それに、そこから直接地上に出る事は出来ません。逆に地上からそこへ直接行く事も出来ません」
「では!」
 再度、勢い良く立ち上がったシグザの後ろで椅子が倒れそうになるが、サクラがそれを支えた。シグザはそれに構うことなく、
「今!地上に居るラスタバド軍はどうして居るのだ!!」
その叫びに、シグザの向かい側から静止の声が掛かった。
「話は最後まで良く聞けシグザ。つまり、直接行く事は出来ないが、どこかを通れば行く事が可能と、そういうことか?」
 ガイムが顔をカナリアの方を向くが姿の確認はしない。
「はい」
 ゆっくりと頷いた。
「それはどこなんだ?」
 カナリアは一息入れ、ゆっくりと口を開いた。
「……ラスタバド地下侵攻路です」
 口にしながら、カナリアは顔を上げた。
「……ラスタバド……地下侵攻路?それはどこにあるんだ?」
 シグザは左右を見ながら、皆に問い掛けている。
「我々がダークエルフケイブと呼ぶ洞窟だ。シグザ、予備知識はしっかり頭に入れておけ。しかし、昔あの奥に行ってみたがどこかに繋がるような道は無かったぞ。」
「なんか、途中で俺のことをバカにしなかったか?」
 ガイムは無視した。
 シグザは隣りのサクラを見ると、また肩を捕まれ、椅子に座らされた。
 カナリアはシグザが座った事を確認して口を開く。
「ええ、昔はありませんでした。だけど、今はあります。細身の通路にマナを固定してゲートを作ったのです」
「そのゲートってやつを抜ければラスタバド本拠地に行けるって訳か……」
 シグザは椅子に深く座り、腕を組む。
「いえ、本拠地ではないのです」
 カナリアはシグザの意見を否定した。
「え?どう言う事だよ。まだダンジョンとかが、続くって事か?」
 せっかくの予想をあっさり否定して少し混乱気味のシグザ。
「いえ、ダンジョンよりも厄介な物です」
「………」
 皆がカナリアの次の言葉を待っていた。じっとこちらを見て次の言葉を待っている。
 カナリアは一度俯き、そして膝の上にある拳に、更に力を込め顔を上げ、
「ディアド要塞です」
「……やはり要塞があるのか」
 ガイムはあごに手を当て、背凭れに体を預けた。
「おい、ガイム。やはりって解っていたのかよ?」
「解っていた訳ではないが、予想を立てることは出来る。さぁ続きを聞かせてくれ」
 ガイムは言葉と共に体を起こし、テーブルに肘をついた。
「そこからは、俺も話そう」
 突如、ある男が口を開いた。ガイムの隣りに座るフィールだ。
 フィールは皆の顔を見て立ちあがり、
「昔、俺とカナリアはそのディアドに住んでいた」
 セリフを口にしながら椅子を出て、カオス、マリアの後ろを回り、カナリアの後ろで足を止めた。そして、両手をカナリアの両肩に乗せながら続きを述べた。
「当時、そこは要塞とは言えるほどの物じゃなかった。小さい村だったからな。俺らの種族…ダークエルフの他に、オームと言う種族もそこに住んでいた。オームたちはドワーフ並に加工技術が優れていた。俺たちはオームたちの力を借りて生活の道具を生成をして貰っていた」
 今まで、楽しい思い出を話すかのような表情をしていたが、急に声に力が入る。
「だが、そんなある日、ラスタバドからある奴らが訪れた。」
「だ…誰なんだ……そいつは」
 シグザ右肘をテーブルにつき、フィールとカナリアを静かに見ていた。
 カナリアは手前にあるガラスのコップを見つめ、
「……ラスタバド軍第三司祭の一人……暗獣冥王バランカ」
 その言葉を確認するかのようにフィールが言葉を続けた。
「奴らはオームの技術力に目をつけ、強力な武器を生成するために…オームはそれを望まなかったし、俺らも望まなかった」
 彼は更に、声に力を込め、
「戦いが起こるのは当然の事だった。だが、あいつらは強すぎた!」
 フィールはカナリアの肩から手を離し誰も居ない方向も向いた。
 ……恐らく、今の俺はすごい顔をしているだろうな。
 フィールはそう思いながら、拳を握り、
「数多く居た仲間が殺され、オームたちも殺された……俺らは生き残るために長老たちの魔法で、一時的にゲートを作り、多くのものはそのゲートを通って逃げた」
 フィールは振り向きカナリアを見る。
「しかし、カナリアは逃げなかった。オームを見捨てる事は出来ないと言ってディアドに残ろうとしたんだ。死ぬかもしれないのに――」
 その言葉を聞いてシグザが勢い良く立ちあがった。そして大気を揺るがすような大声で、
「じゃぁお前は!彼女を置いてお前は逃げたのかよ!!」
 食堂にシグザの声が響き渡る。朝食の時間が終わったため、誰も居ない食堂にシグザの声が響き渡る。だが、
「俺だって!……俺だって逃げたくは無かった!!自ら逃げるなら戦って死んだ方がマシだ!!!」
 フィールは本心を有らん限りの声で叫び返した。シグザ以上の大声で……。
「―――ッ」
 フィールの覚悟は本物だと、誰もが気づいた。だから誰も何も言えなかった。
 フィールは息を切らせ続きを話す。
「だから俺はバランカに挑み……負けた」
「……す、すまない」
 シグザは小さい声で謝り、奥歯を噛みながら座った。己の醜さを憎む様に……。
「……そこまでは覚えているが、気がついたら俺はサイレントケイブに居た。もちろんすぐに戻ろうとしたがゲートは閉まっていた」
 呼吸を整え、
「だから俺は、サイレンとケイブを出て、ラスタバド軍と対抗しているこの血盟に加入した」
 言葉を止めカナリアを見る。彼女はこちらに体を向け、見上げている。次の言葉を待つかのように。
「カナリアを助け出すために」
 その言葉で彼女は涙を流す。すすり泣きでは無く、涙をこぼす様に泣く。
「でも……お前が生きていてほんとに良かった……良かった」
 フィールは俯いた。すると目から流れるものがあった。
 涙だ。
 涙は重力に逆らうことなく下に落ち、ジュウタンを濡らす。
 彼は過去に決めていた。彼女を守る事の出来なった自分を呪い、泣いた事。バランカに挑んだが、一撃を与える事も出来ずに敗れた事を呪い、泣いた事。だからもう二度と泣かないと……。強くなって守るものをすべて守ろうと……だからもう二度と泣かないと……。
 しかし今は、彼女は目の前に居る。生きてこうして目の前に居る。それが何より嬉しかった。
 だから彼は泣いた。
 フィールが涙を流すと体を支えるものがあった。
 滲む視界を凝らし見てみると、カナリアが立ちあがり、こちらを抱いている。彼女はか細い声で、
「フィール……ごめんね心配掛けちゃって」
 彼女の温もりが嬉しかった。
 彼女のことばが嬉しかった。
 彼女の優しさが嬉しかった。
 彼女のすべてが嬉しかった。
「いや、いいんだ。俺の方こそ力が足りなくてすまなかった」
 フィールは彼女の力に答える様に、力強く、そして優しく抱き返した。
 仲間の目線は気にする事は無かった。
 しばらくの間二人は抱き合っていたが、まだ皆に話すことがある。
 二人は腕を解き、皆の方を向いた。
「続きを……お話します」
 それより先フィールは聞き手側に回る。
 彼はそれ以上の事を知らなかった。
 だからカナリアの言葉に耳を傾ける。
 カナリアは涙を堪え、語り出した。
「逃げ切れなかった者……戦って負けた者は、バランカたちに捕まり……アリの様に働かされ、要塞を作る事に手伝わされました」
 過去のつらい話をしているため、彼女の表情は曇っていく。
「要塞が完成すると私たちは殺されそうになったのですが、その時ディアドから先に抜け出したオームたちに助けられて、なんとか抜け出しました。それから私は、オームの作った村で三年を過ごしました」
 彼女の表情を見ると、とても辛く、今にも倒れそうに青ざめている。しかし、今止めてしまっては、彼女の決意を無駄にしてしまう。
 今のフィールには、彼女の言葉を聞くことしか出来ない。今、カナリアは目の前で生きているのだが、辛い過去を立ちきる事は、今のフィールには出来ない。
 今出来る事と言えば、彼女の言葉を聞き、彼女の辛さを少しでも理解する事しかない。
 そんな事しか出来なかった。
「生活は苦しく、多くの仲間達は次々に亡くなっていきました」
 彼女の表情はますます曇っていく。
 フィールはただ絶えるしかない。
「そんな時一つの情報を得たのです」
「?」
 皆から疑問の表情を浮かべた。
「ディアドからラスタバド侵攻路が繋がったと」
「そうか……それが、ゲートか」
 ガイムが納得する様に頷く。
 カナリアは、はい、と一息入れ、
「私たちはすぐに行動に移しました。オーム村で動けるものは外へ出て助けを求めようっと……」
 辺りは静かになった。
「しかし……」
 その静けさを立ちきるようにガイムが口を開いた。
「一体、どこのどいつがそんなゲートを作っているのだ?」
 ガイムの意見はもっともだった。逃げ出した時でも、短い間しか作る事の出来なかったゲートをそんな長時間作れるとは思えなかった。
「……居ます」
 ガイムの言葉を否定するかのように、カナリアは口を開いた。
「……バランカと同じく、第三司祭の一人……法霊冥王ライア」
 その言葉にフィールは驚いた。
「何だと!あのライアまで出てきているのか!?」
 フィールの顔は青ざめている。それほどまでに強い奴なのか?誰もがそう思った時、
「話を進める前に、ちょっといいかい?」
 突然、口を開いたものが居た。
 シグザの横に座るサクラだ。
 皆がフィールからサクラに視線を移し、
「私たちはラスタバド軍の討伐をしていたが、やつらの組織の構造何ざぁ何もわかっていないんだ。そのバランカってやつと、ライアって奴の事をもうちょい詳しく教えてくれないかい?」
 サクラの意見も最もだった。ここに居るフィールとカナリア以外はラスタバドの構造を誰も知らなかった。今まで、ただ、目の前の敵を倒してきただけなのだから。
「そうか……それでは話そう」
フィールが口を開いた。
「ラスタバド軍は邪悪な神、グランカインの元に仕える国家だって事は皆知っているな?」
 皆がうなづくのを確認し、
「ラスタバド軍は膨大な組織だ。その膨大さゆえ、今のラスタバド軍の構造は大きく分けて八つに解れる」
 フィールは右手の一指し指を出し、一をイメージさせ、
「一番上に居る奴は、真冥王ダンテス」
 次にフィールは中指を立て、
「その下、第二司祭に居るのが長老会と呼ばれる奴らだ。名前も何人居るのかは不明だ。もともとはこの長老会がラスタバドを支配していたが、最近になってダンテスが完全に支配している。」
 薬指を立て、
「第三司祭に立つのが魔獣冥王バランカや法霊冥王ライア。カナリアの話を聞くと、この二人がディアド要塞に居るだろう。他にも暗殺冥王スレイブ、冥法冥王ヘルバインがいる」
 小指を立て、
「あとは四から八のクラスはみんな合ったことがあると思うし、真だ奴も居る……第四司祭は各城を落とそうとして攻めてくる奴らだ。死んだと確認できるのは、ギラン城を攻めた奴と、アデン城を攻めに出た奴だ。第五司祭は十年前のウッドベック周辺で起きたラスタバド軍の集結だ。第六司祭は二十年前のグルーディン村での戦争に出てきた。」
 一息入れ、
「第七司祭、第八司祭はジェネラルだ数多く居るため逆に解らない」
 フィールは顔を左右に振る。 
「フィールずいぶんと詳しいな?」
「俺たちはエルフの血を引く。無駄に長生きだけじゃない」
 そうか、とシグザが頷き椅子に深く腰掛け背凭れに体を預ける。しかし、思い出したかのように体を起こした。
「ちょっといいか?そんな大軍勢に一体どうやって立ち向かうんだよ。明らかに戦力不足じゃないか?」
 シグザがディルを見て問いかける。
「確かに、この城の兵士全員で行ったとしても、恐らく……ディアドにたどり着けないだろう」
 その言葉で皆が青ざめる。
「では!俺たちはラスタバドに敵わないから指を咥えてろって言うのかよ!」
 テーブルに拳を叩きつける音とテーブルが軋む音が響く。
 辺りに静寂が支配するが、
「シグザ……誰も敵わないとは言っていないぞ」
 シグザを見てディルが口を開く。
「戦力が足りないのなら、補えば良い。人手が足りないなら、仲間を増やせば良い」
 椅子から立ちあがり叫ぶ。
「かつて、我が父であり、この国の王!ギバス・ハーゲイスが、グルーディン戦争で行った様に!平和な世界を望む、同志を集めた様に!」
 皆の顔から恐怖が抜けきり、希望と言う名の光が見える。ディルは更に言葉を続ける。
「世界から暗黒と言う名の闇を消し去り!地の果てをも光で照らそう!!」
『『おぉ~!』』
 周りを見てみれば、いつの間にか集まっている兵士たちが居る。ここに居る皆が、平和を望み、光を求めている。
「さぁ!剣を用いて!同志たちを集めよ!!」
『『おぉ~~!!!』』


 ……こうして、戦いの扉が開く。


第二章 強襲(前編)



作者コメント

第1幕をおおくりしました~
フィールの泣くシーンどうでしたか?
大の男が泣くな!ッてな感じなんだけど
ここは泣かせるさ!
泣かせて見せましょう!
あ~なんどでもw

因みに、話に出てくるラスタバド軍の構図は
第4司祭以下は全部俺の空想ですw
御間違いの無いようお願します。


この小説はフィクションです
出てくるキャラクターの名前は実際の名前とは
一切関係ありません。


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